C57形式  1932年(昭和12年)C5563号機として製造が始められたが、改良点が多岐にわたるため検討の結果、新形式として誕生した。1947年(昭和22年)までの間に201輌が量産された。C51に始まるライトパシフィツクの決定版。現場における信頼も厚く国鉄蒸機終焉の頃までかなりの輌数が活躍した。そのスマートな形態から「貴婦人」という愛称でファンから親しまれている。現在、1号機と180号機が動態保存され、JR線でイベント等で活躍している。



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C571  C575  C5711  C5765 C5795  C5772  C5787  C57128   C57190   C5711(プラモデル)



       



■個人的C57への思い出  私が初めてC57を見たのは三重県・関西本線の要、亀山駅だ。当時、亀山機関区には2輌のC57がおり、気勢参宮線の旅客列車を牽引していた。110号機と198号機であり、110号機は事故復旧車で煙室周辺がC57本来の丸みを帯びておらず角ばっていた。198号機は4次型であり、C57離れした(C59に似ている)外観を呈していた。関西本線のD51を撮影した後、伊勢方面から亀山に戻ってくるC57を撮影するのが定番となっていた。この列車は何故か、殆ど煙を吐かないでスーと滑り込むかの如く駅に進入してくる。 九州・宮崎に行った時、あまりにもこの貴重なC57がゴロゴロいたのに感動した。九州特有の門デフ機から標準型・4次型までバラエティーに富んでいた。当時、九州・北海道はまだまだ蒸機王国だった。



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