国鉄時代蒸機写真集

管理人が昔(1972年~75年くらい)撮影した国鉄蒸気機関車の写真集です。活動期間が短いのと、中・高生だったために撮影旅行の費用も捻出出来ずにジレンマを感じていた頃でもありました。高校受験勉強どころでは無く、蒸機撮影にただ夢中でした。関西本線D51の撮影が主でしたが、他形式にも憧れ、夜行列車を乗り継いで遠方まで出かけた事もありました。当時、現存していた全ての形式の撮影は叶いませんでしたが、その中からいくつか紹介したいと思います。なるべくカラーで捉えたものを形式別に紹介していきます。形式名をクリックして頂ければ各写真集に入れます。(写真点数に大きな偏りがありますが・・・) 少しづつ更新していく予定でいます。


D51形式  1115輌もの量産された日本を代表する機関車。1号機~100号機まではナメクジという愛称を持つ1次型。以降は量産標準型に加え、カマボコ型ドームを持つ戦時形に大別される。日本全国で活躍した。数量が多いだけに形態的なバリエーションも豊富に存在する。


C62形式  大雑把に表現すれば・・D52の上回りとC57の足回りを組み合わせて作られた主要幹線用の大型蒸気機関車。主要幹線の電化に伴い最後は北海道に渡り、最後の活躍をした。


C57&C58形式 C57形式は201輌製造された。1次型から4次型までのバリエーションがあり、愛称の「貴婦人」は1,2次型を指す。4次型は190号機~201号機で、どちらかというとC59の印象に近く別形式として捉える向きがある。 C58形式は 427輌製造された。中型機で、8620形式の運転速度と9600形式の牽引力を求められて製造された。万能機であり、どこの線区にも通用する軽快性も備える。


C56形式  総計160輌が製造された。C12の簡易性と比較的長い路線用に開発された。また、転車台の存在しないローカル線に於いてもバック運転が容易になるように、上部が半分切り取られた特異なテンダーを持つ。1号機~90号機はその簡易性且つ、利便性の評価により、タイ・ビルマに転出させられた。


C12形式  総計282輌が製造された。昭和の主要幹線の完成に伴い、閑散地区の鉄道路線も建設工事が始まった。全てのコスト面の軽減策としてC12は開発された。


C11形式  総計381輌が製造された。前述のC10形式の改良型として完成。1次型~4次型のバリエーションがあり、特に形態面に於いては4次型(戦時形)のドーム工作が簡易化され、いわゆるカマボコ型ドームとなっている。小型軽量であり、性能が非常に優れていたため全国で活躍。本線走行から機関区内の入換え作業まで活躍した。


8620形式  672輌量産された大正の旅客専用機。バランスのとれた性能のため国鉄蒸機終焉の頃まで活躍した。形態的に見ても各地方によって豊富なバリエーションが見られる。


9600形式  総計828輌製造された大正の貨物専用機。大きなボイラーを持つ同機は「鉄牛」との愛称で呼ばれていた。北海道から九州まで活躍し、各機関区の風土に合った形態もバリエーション豊富。8620同様、国鉄蒸機終焉の頃まで見られた。


その他




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