C5698号機  1937年3月22日日本車両にて落成。北海道・岩見沢機関区を皮切りに、静内・苗穂機関区へ移り、後、新潟機関区。1971年遠路はるばる九州・吉松機関区配属。後、山陰・浜田機関区に配属された。1973年2月12日廃車となる。その後、大阪の企業にて保管されるが、企業側が、JR嵯峨駅前、19世紀ホールに寄贈され、現在に至る。 美しく整備されており、今にも動き出しそうな保存状態。


モデルは足回り・テンダーはマイクロエースC56。エンジン部上回りは真鍮板・真鍮。燐青銅・洋白線にてフルスクラッチしてみました。ドームは当初、スクラッチする予定でいたが、キングスホビーC51の余剰品があったため、削って使用。汽笛・煙室戸ハンドル・つかみ棒はやえもんデザイン製、ATS発電機・前照灯は銀河モデル、ナンバープレートはキッチン製。デフレクターはレボリューション製を裏側補強表現を追加して使用しました。
前後前照灯は電球色LEDチップを組み、前後1基づつの標識灯も赤色LEDチップで表現。走行方向によって切り替わり点灯する。基盤はキャブ内に収納してみました。
前輪はKATOのスポーク抜きのものに交換。モーターはマイクロエースのままではスケール表現が不可能なため、超小型アルモーターへ交換しました。後、内部ダイカストも限界まで削りこんであります。
煙室戸は開閉可能状態にて作成。キャブ屋根窓も開閉可能。キャブ前面のランボードへ渡る扉も開閉可能にしたかったが、技量不足で断念・・・。この扉はC56によって右開きと左開きの違いがある事が判明。ちなみに98号機は内側からみて、左開きになっています。(KATOC56小海線もこの方向)

●モデル製作 2019年7月

  

    

  


■キャブ前のランボードへの渡り扉は公式側が閉状態に、非公式側は開状態に組んでみました。(最後の写真参照)


●製作途中写真
写真撮影の環境によって色合いがバラバラに写っています。すいません。 真鍮板を丸めてボイラーとキャブの原型を作るところから作業を始めました。マイクロエースC56の足回りに乗せて見てから、おおよその見当をつけていきます。煙室戸も開閉加工を行っています。キャブ屋根の窓も開閉加工が出来そうです。マイクロエースの下回りダイカストをギリギリまで削り、(ここまで削らなくてもよかったかも?)超小型アルモーターに換装しました。ウオームギアは元製品のものを使います。キャブ内とテンダー内に、コンデンサーと抵抗で自作した基盤を搭載し、標識灯と前照灯にLEDチップを組んだうえ配線します。キャブも少し加工しています。煙室戸の内部表現もしてみたかったのですが、ウエイトを詰める事にしました。写真では少しわかりにくいですが、ライト点灯の写真も掲載してみました。(最後2点)

             ■組み立ては全てハンダにて行っています。製作するのに約一ヶ月もかかってしまいました。(塗装したものの不備が見つかり一部作り直しています)


●実機写真
1、2枚目はJR嵯峨駅横、19世紀ホールにて撮影。3枚目は1973年3月、夕暮れの浜田機関区にて撮影したもの。(シルエットだけの唯一の写真)その当時は前照灯にシールドビームが搭載されていた。 
  


何回もスクラッチにトライし、その都度、挫折感を味わいながら・・・残っていたマイクロエースの足回りが余剰品としてあったので、もう一度スクラッチにトライ!!という事で製作してみました。
よく行く、ボークス京都店で、0,12mm厚の真鍮板を見つけたので、早速購入しました。(ボイラーの丸め加工が容易だと判断したから) 本当ならばKATOの足回りをそのまま使ったほうが、走りに関しても秀逸なモノが出来るのでしょうが、それではスクラッチする意味が無さそうなので、やはりマイクロエースでファインスケールのものを目指した訳です。 私の作ったものは、走りに関して・・・遠くKATO製品には及びませんが・・・走ります。
もうそれで私には充分です・・・・。 C56は大好きな機関車です。以前にも書いた記憶がありますが、マイクロエースからC56が発売されるという話を聞いた時は嬉しくて、早速予約したものですが、いざ、製品を手に取って見た時は別の驚きが発生したものです。でも、パッケージにはC56と書いてあったのですから・・・。まあ、当時のモーターの加減で仕方なかったのはよくわかりますが・・・・。




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