C5058号機 1929年8月日立製作所笠戸工場にて新製。門司局・出水庫配置。後、小郡・長崎・鳥栖・早岐・鹿児島・志布志と九州管内を移動。1947年3月、行橋機関区配属。12月に行橋機関区60周年行事のひとつとして、K-7タイプ門デフに「波と千鳥」をデザインした門デフ装着。1969年第1種休車指定。1970年1月廃車となる。その後、79668号機に門デフを譲渡した。このデフレクターは後、59647号機に一時的に取り付けられたが、その後、小倉工場に於いて、門デフのみ保存されているらしい。


●行橋時代の特徴  何といっても「波と千鳥」がデザインされた特徴あるK-7型門デフが特徴。行橋機関区の名物機関車と呼ばれていたそうだ。

モデルはKATO50周年記念C50。デフレクターはやえもんデザイン9600九州型に付属のものを使用。本来9600用だったのでデフアングルを切り詰めている。ボイラーの不用モールドを削り取り、新たに燐青銅。真鍮線等を使って作り直している。金色に輝く部分(コンプレッサーの縁、煙突の装飾等)は真鍮線を貼って表現してみた。ナンバープレートは真鍮製の余剰ナンバーの縁だけを残して文字部分だけを削り取り、あらかじめプリンターで作成したシールを貼って自作した。ランボードの白線は今回、「烏口」という製図道具を使って表現してみた。前照灯は製品そのもののギミックを活かし、基盤のLEDブランクに赤色LEDを配線し、前部標識灯も点灯するように加工。テンダーには自作の基盤を配し、後部ライト、後部標識灯も点灯するように加工した。もちろん進行方向によって切り替わるようにしてある。煙室戸ハンドルもやえもんデザイン製。他、レボリューションや銀河のパーツも使用している。
公式サイドビュー。C50は巷では人気が無いようだが、個人的には結構好きな機関車です。古典的な印象の中、現在的な要素も含まれており、その、ややアンバランスさが魅力のような気がします。元モデルはキャブ窓が閉まった状態ですが、機関士側側を開状態にし、機関士フィギュアも乗せてみました。
非公式側。行橋機関区60周年という行事の際、取り付けられた{波と千鳥」デフレクター。モデルはその輝かしいときを表現するべく、艶有で塗装してみました。グリーンマックスの黒を塗布した後、グンゼの艶有スプレーで再現してみました。
機関区に佇む印象。第一線で活躍する機会は限られていたようで、後は入換えに従事する事が多かったC50ですが、KATO50周年記念モデルとして華やかな前期型がプロトタイプとして選ばれた事が素晴らしいです。
元モデルを分解しながら思った事は・・・とにかく凄く良く出来ている!!という事でした。走行性能も低速からの走りもスムーズでストレスを感じる事はありません。Nゲージの製造技術の高さを感じる出来栄えです。

模型製作2018・6月

  

  

  

  

やはりC50は良いですね。鉄道博物館の保存選定には漏れてしまった形式で、何となく地味な存在ではありましたが・・。


●製作過程写真
         

最初の写真が改造前。後はバラシて、ディテールアップしていく様子です。相変わらず、写真撮影を忘れています。


●ギミック紹介
  

標識灯点灯の様子。


今回は実機写真が用意出来ませんでした。 C50と云えば・・・私の場合・・昭和47年頃、三重県亀山機関区の留置線にナンバープレートを外され放置されていたC50154号機の姿しか浮かびません。国鉄線上最後のC50は鹿児島機関区にあったものだという話を聞いた事もあります。 やはり私にとっても馴染みの薄い機関車でした。C62やD51、C57がもてはやされていた頃に、この機関車はひっそりと姿を消していったのです。でも味わい深いこのスタイリングは模型の世界では希に有名であり、KATOの第一号Nゲージ模型はこのC50だったというのも何だか不思議な話ですね。





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